吉永小百合主演『北の零年』

吉永小百合・渡辺謙など豪華キャストで平成16年(2004年)に製作、2005年公開された『北の零年』は北海道という広大な大地に燃える、愛とロマンそして感動の大作です。北海道を舞台に、北海道の美しい風景とともに壮大なスケールで描かれています。

明治3年(1870年)に徳島藩でおきた庚午事変(こうごじへん)または、稲田騒動と呼ばれる事柄によって、明治政府から稲田家に下された処分で徳島藩・淡路島から北海道静内へ移住を命じられた稲田家の人々の話です。もちろん稲田家だけではなく、稲田家に仕える家臣たちとその家族たちも北海道へ移民団として淡路島から北海道の原野へと海を渡るのでした。

映画:北の零年

映画の舞台となったのは明治時代の初期。明治維新で日本は江戸時代の幕藩体制から代わりました。藩士に仕える家臣はもちろんのこと、妻も子供も時代という波とともに運命が大きく変わろうとしました。「わたしは、時代の運命をまっすぐに受け止めて生きてゆこうかと思います。明日に希望の灯りをともしながら…」と、武家の妻の一人の女性、小松原志乃(吉永小百合)の運命ももちろん大きく変わりました。移民団として淡路島から北海道の原野へ夫と共に行ったからです。

時代背景と庚午事変

江戸時代の淡路島は徳島藩の支配下にありました。そして淡路島を統治していたのは、家老の稲田氏が派遣されており稲田氏による統治がなされていました。稲田氏家臣は、徳島本藩から陪臣(ばいしん:臣下の家来)として扱われてはいましたが、維新期にいち早く尊王倒幕派として活躍していた稲田家家臣には、強い結束力と維新期に培った人脈、そして稲田家家臣として高い誇りを持っていました。

明治2年(1869年)、政府は武士の身分を士族と卒族に分けてることにして、禄高もその身分に応じて減らすことにしました。稲田家当主は一等士族として千石給与となりましたが、家臣は陪臣のため卒族にされたために、ごくわずかな手当てだけが与えられることになったため、卒族とされたことへの不満と将来への不安が増大しました。

稲田氏の家臣は、士族への編入を明治政府へ嘆願すると共に、稲田家の分藩独立運動を起こすにことになりました。この稲田家側の動きは徳島藩家臣の激しい怒りを買うことになり、明治3年(1870年)5月13日に、稲田別邸をはじめとした家臣の屋敷などが襲撃され放火されることになりました。被害は自決2名、即死15名、重傷6名、軽傷14名、家屋焼失は多数に及ぶことになりました。

政府はこの徳島藩側首謀者に対して厳しい処罰を下して、10名に切腹を申し渡し27名が八丈島へ島流しとなりました。そして稲田家側も全員北海道静内と色丹島の開拓を命じられることになり、翌年に北海道静内に移住しました。

この年が庚午の年であったことから庚午事変と呼ばれ、または稲田騒動とも呼ばれています。

北海道へ稲田家臣団の移住

北海道静内郡(現:新ひだか町)への移住開拓を命じられた稲田家では、ただちに内藤弥兵衛・平田友吉の2人に現地の調査をさせました。現地調査の報告によると、将来有望な土地という報告を受けて静内への移住の決めました。まず47人の壮士を選び先発としました。そしてこれを2組に分けます。1組は大阪から伏見大津を経て越前敦賀を出て日本型帆船を借り入れて函館に渡って陸路で静内へ到着。もう1組は東海道を経て、青森に至り大湊の東南シツカリという所から日本型帆船で静内に直航して後続移住者の入地準備にあたりました。

そして3艘の船に家具・米麦・農具などを満載してから順次出航しました。淡路の洲本を出航して、総勢137戸で546人が移住を終えたのは旧暦の明治4年5月2日のことでした。5月とはいっても、まだ寒さが残る北海道の地に到着して、女や子ども達は住むところもまだない不安もあったため、砂浜につっぷりして泣いたと伝えられています。

北の零年~あらすじ~

明治政府によって四国淡路の稲田家主従の546名は、北海道移住を命じられました。そしてその中に小松原志乃(吉永小百合)も移民団として、第一次移住団の一人として渡ってきました。明治4年に、淡路からの移民団は半月にも及ぶ長い船旅の末に、北の原野にたどり着いたのです。

志乃の夫の小松原英明(渡辺謙)は、先発隊としてすでに北海道の地へ赴いて、荒れた地の開墾に挑んでいました。先発隊の堀部賀兵衛(石橋蓮司)と小松原英明を中心にして、まだ未開の地に自分たちの国を作るという大きな希望に燃えていました。

北海道に自分たちの手で、新しい国の建設をするのことを目指している夫の理想と情熱を見て、妻の志乃は夫の前向きな姿勢に心からの信頼と共感を抱いていました。そして母の志乃と一緒に渡ってきた娘の多恵も父が鋤や鍬を振るって武士である父が農民たちとも関係なく農作業に励む姿をみて父を仰ぎ見ていました。農作業のほか、自分達の当主稲田家当主がが来るときのために、立派な屋敷も建てていました。

原生林の生い茂る酷く寒い荒地と日々格闘する志乃たちに、たくさんの困難が次から次へと襲い掛かります。ある日、志乃の娘・多恵が山でクマに襲われてしまいます。クマに襲われたところ助けてくれたのは、アイヌ時のアシリカ(豊川悦司)でした。

稲を植えた田んぼの稲は無残に枯れてしまいます。季節は秋へ移り、第一陣を追ってすぐ来るはずだった第二次移住団の乗った船が難破しとの報らせも届きました。食料倉庫は火災で燃えてしまい、季節は冬になり食糧はなくなる一方で、開拓団の生活は困窮し苦しい生活が強いられることになりました。

春になり、殿様が静内へ到着しました。しかし殿様からの言葉で、廃藩置県が伝えられ藩がなくなったと伝えられます。そして現在耕している土地も全てが新政府の管轄になったことを聞きました。武家階級の崩壊とい大きな局面を迎えるとともに、国にも見捨てられてしまった・・と絶望する中で、淡路へと逃げ帰る者が続出しました。この地は政府開拓使の支配する所になりますが、この地へ残った有志たちは新政府が戸籍を作るために送りこんできた使いも追い返してしまいます。英明たち武士たちは、自らが髷を落として「もう主君などいらぬ。」と英明たち有志たちは、この地へ留まり自分達の力だけで自給自足の生活をすることを決意して、この地に踏みとどまる決心を新たにしました。

もちろん志乃も率先して苦難に耐えます。そして一族の心をひとつにまとめていきますが、一方では新政府が使わした役人に取り入ることで成り上がる人も出てきました。

英明が北海道へ発つ

植えた稲がなかなか育たないため、「このままでは未来がない」と、英明は寒さに強い稲を手に入れる農業技術の導入をする目的で単身で札幌に旅立ちます。季節は冬になり、英明は半年で帰ってくるといっていましたが、約束の半年が経っても英明はなかなか帰りません。そして土地では深刻な食糧不足に見舞われることになりました。当然ながら英明が戻ってこないために、志乃に対する風当たりも強くなりみんなが志乃に対して冷たくなりました。

そんな酷い食料難不足の中で、薬売りの持田倉蔵(香川照之)が人々に食料を売ってくれるため、村人から倉蔵は重宝されるようになりました。村人から重宝されて信頼されるようになると、倉蔵はやがて本性を現し始めました。倉蔵は村人へお味噌などを高値で売りつけ始めるのでした。高値であっても食料がない村人たちは倉蔵から買うしか他に方法はありません。この頃から倉蔵が村人たちの上に立ち始めるようになりました。不満はどんどんたまっていき、ついに村人の馬宮(柳葉敏郎)は不満を爆発させて、倉蔵を襲撃しました。馬宮の妻の加代(石田ゆり子)が馬宮と密通していました。馬宮は密通していた妻の加代を感動しますが、加代は倉蔵の妻となりました。

そんないろいろなこともあり、ますます英明に対する風当たりが強くなります。約束の半年をゆうに越えており、それでも戻らぬ英明に対してのあらぬ噂が村の中では飛び交い、志乃と多恵は村の中で孤立していましたが、2人は愛する夫であり父親を信じてしたすら待ち続けていました。そんな母子の苦境を陰ながら支えてくれる人がいました。それはアリシカとアイヌの老人モノクテ(大口広司)でした。アリシカはアイヌ人ではなっく旧合図藩主で五稜郭の残党でした。アリシカと老人モノクテは、謎めいた男たちではありますが、北の原野で行きぬく力とその術を母子に伝授するのでした。

やがて吹雪の中、志乃と多恵は行方知らずになっている英明をさがすための旅にでました。途中で猛吹雪に遭遇して力尽きてしまい倒れこんでしまった志乃の所に外国人の男が近づいてきました。この外国人牧場主のエドウィン・ダンのおかけで死のは九死に一生を得ることになりました。

5年後

牧場主エドウィン・ダンに助けられた志乃は、この場所で外国産の馬に魅入られて、ダンの教えで牧場を開いて小松原牧場の経営に打ち込んでいました。そして村人たちも、ダンの教えで寒さにも強く堪えられる農業を行っていました。

そんな時に、志乃が役人に呼びつけられます。静内派出所へ出向くと、戸長はなんと薬売りだった倉蔵でした。倉蔵は開拓使いと結託して、町を牛耳る実力者になっていたのでした。倉蔵は志乃に西南戦争を鎮圧するために必要な馬を大量に供出せよと要求してきました。志乃はようやく牧場の経営がなんとかなりたつようになり、未来に明るい希望を見出したばかりそんな矢先の出来事だったため、当然馬を出せとの要求を断ります。

アリシカは政府に追われる立場ということもあり、志乃に別れを告げて再び北海道をさすらう旅に出発しようとしたその時、突然イナゴの大群が村を襲来して、天地を暗く覆うほど押し寄せてきました。そして実った作物をことごとく食い荒らしてしまいました。

そんなある日、忘れもしない夫の英明が志乃の前に姿を見せました。英明は小松原から三原と苗字を変え開拓使の書記官に出世して派出所にやってきたのです。英明は「馬を出せ」と政府役人として移民団を圧する立場になっていたのでした。英明は志乃の家に向かい「5年前に札幌へ到着してすぐに病に倒れてしまい、そこで助けてくれた人の家に入った。」と言い、そして「戦のために馬を徴収する」と言うのでした。

志乃は断腸の思いで、馬を徴収するという申し出を承諾するしかありませんでした。

そして次の日、馬を徴収するため英明が再び村を訪れます。

村人全員が立ち上がり「我らの土地は我らが守る」と叫びます。警備隊と英明たちが小松原牧場を囲むその目の前で、アリシカが武士のいでたちで登場して馬を放牧させてしまいます。そしてアリシカではなく、旧会津藩士・高津政之と身分を名乗り上げます。もちろん村人たちは今までアイヌの人だと思っていただけに、まさか五稜郭の残党だとは驚きます。

武士として刀を抜いて、ひとりで決死する覚悟で警備隊に突進していきます。警備たちは突進してきた高津政之に向けて銃を発砲しますが、彼の前に志乃が飛び出し「生きて!死なないで!」と訴えるのでした。そして志乃の願いを聞き入れて、役人となった英明に逮捕されます。

集落の人たちの気迫に押された英明と警備隊は、小松原牧場から撤退することを余儀なくされて、志乃と村人たちは再び希望を胸にして自分たちの国作りに挑むのでした。